哲学覚書

Tamminga (2013) の覚書

1. Introduction

義務論理はその研究が始まって以来、活発で実り豊かな哲学的論理学の一分野であり続けてきた。しかしその研究は長いあいだ、単一の行為者の文脈あるいは行為者性のない文脈での規範の研究にとどまっていた。複数行為者論理の近年の発展は、義務論理を単一の行為者から複数行為者の環境へと舞台を移させることを可能にしてきた。結果として、複数行為者義務論理が生じた。これは、異なる選好をもつ複数の行為者の戦略的相互作用の形式的モデルの文脈における義務・許可・禁止を研究するものである。

ところで「異なる選好をもつ複数の行為者の戦略的相互作用」の研究は、ゲーム理論においても行なわれている。しかし、複数行為者義務論理とゲーム理論はアプローチの方法が非常に異なっている。かたや義務論理学者は道徳的義務の形式的構造に関わり、かたやゲーム理論家は道具的合理性の規範の数学[的構造]に焦点を当てる。それゆえに、この新たな複数行為者義務論理とゲーム理論とのあいだの関係性をいかに構築するかという問題は、自然でありかつ差し迫ったものと言えよう1

本稿の目的は、この問題に部分的な解答を与えることである。すなわち、われわれは戦略形ゲームのナッシュ均衡を、複数行為者義務論理の条件的許可の観点から特徴づける。

最終的に示されるのは次のことである。結果a*が戦略形ゲームGのナッシュ均衡であるときかつそのときに限り、ある条件的許可の有限の連言が帰結主義的モデル$\braket{\mathfrak{T}(G),v}$において真である。

2. Multi-agent Deontic Logic

2.1 Language

言語$\mathfrak{L}$は、原子命題の可算集合$\mathfrak{A} = \set{\alpha^n_\mathcal{G} \mid \mathcal{G}\subseteq\mathcal{N} \text{ and } n\in\mathbb{N}}$から構成される($\mathcal{N}$は行為者の有限集合、$\mathbb{N}$は自然数)。したがって、各々の集団$\mathcal{G}$に対して原子命題の可算集合$\mathfrak{A}_\mathcal{G} = \set{\alpha^1_\mathcal{G},\alpha^2_\mathcal{G},\dots}$が存在する。

$\mathcal{F,G,H}\subseteq\mathcal{N}$とする。$a_\mathcal{G}\in\mathfrak{A}$とする。$\mathfrak{L}$は次の規則で与えられる。

$$ \phi ::= a_\mathcal{G}\mid \lnot\phi\mid \phi\land\phi\mid \Diamond\phi\mid \mathsf{P}^\mathcal{F}_\mathcal{G}\alpha_\mathcal{G}\mid \mathsf{P}^\mathcal{F}_\mathcal{G}(\alpha_\mathcal{G}/\alpha_\mathcal{H}) $$

ただし$\mathcal{H}\subseteq\mathcal{N}-\mathcal{G}$とする。

2.2 Consequentialist Models

定義1 帰結主義的フレーム$\mathfrak{F}$は、四つ組$\braket{\mathcal{W},\mathcal{N},\textit{Choice},(\succeq_\mathcal{F})}$である。$\mathcal{W}$は可能世界の集合(空集合ではないものとする)、$\mathcal{N}$は行為者の有限集合、$\textit{Choice}$は選択肢関数、$\succeq_\mathcal{F}$は反射性・推移性・完備性を満たす$\mathcal{W}$上の関係(それぞれの集団$\mathcal{F}\subseteq\mathcal{W}$に応じて存在する)。

選択肢関数の定義は Kooi&Tamminga (2006) のものと大体同じ。

定義2 帰結主義的モデル$\mathfrak{M}$は、順序対$\braket{\mathfrak{F},v}$として定義される。$\mathfrak{F}$は帰結主義的フレーム、$v$はそれぞれの集団Gに対して選択肢関数に属する選択肢を原子命題に付与する付値関数。

2.3 Absolute and Conditional $\mathcal{F}$-Dominance

無条件的および条件的許可の形式的解釈を探し求めて、われわれは「行為が許されるのは、その行為が、さらによい戦略が存在しない(同じくらいよい戦略はいくらあってもよい)ような戦略の適用として解釈される場合である」(Apostel 1960, p. 75)というアポステルの金言から始めよう。

現在の文脈において、これは次のことを意味する。すなわちわれわれは、それぞれの集団Gに対して、Gに利用可能な行為を選好関係$\succeq_\mathcal{F}$の観点から順序づける必要がある。[モデルで与えられているのはあくまで世界に対する選好。このモデルをゲーム理論に落とし込むために、世界に対する選好から行為(戦略)に対する選好を導出せねばならない]

定義3(省略)

$K\geq^\mathcal{F}_\mathcal{G} K'$の定義は Kooi&Tamminga (2006) のものとほぼ同じで、集団Fの関心のもとでの集団Gがもつ戦略の選好を表す。$K\geq^\mathcal{F}_{(\mathcal{G}/\mathcal{H},L)} K'$は、集団Hが行為Lをしたという条件のもとでの選好関係。

2.4 Semantics

$\mathsf{P}^\mathcal{F}_\mathcal{G}\alpha_\mathcal{G}$の直観的意味は「集団$\mathcal{G}$は行為$\alpha_\mathcal{G}$によって集団$\mathcal{F}$の利益を最大限に促進する(集団$\mathcal{G}$は集団$\mathcal{F}$の関心のもとで行為$\alpha_\mathcal{G}$を為してもよい)」というもの。その真理条件を直観的に述べれば、「$\alpha_\mathcal{G}$は、他のどの行為よりも(集団Gによって)弱選好されている」となる。

なお、「してもよい」ではなく「べき」の真理条件も定義されている。「べき」の真理条件はほとんど「してもよい」と同じ(という一見やや直観に反する定義になっているの)だが、「弱選好」ではなく「強選好」となっている点が異なる。

3. Nash Equilibria of Strategic Games

定義5 戦略形ゲーム$G$は、三つ組$\braket{N,(A_i),(\succsim_i)}$である。$N$はプレイヤーの有限集合、$A_i$は各々の行為者iにとって利用可能な行為の集合、$\succsim_i$は行為者iがもつ(結果の集合$A = \times_{i\in N} A_i$の上の)選好関係。[結果の集合は、「各々の行為者が利用可能な行為の集合」のデカルト積、つまりすべての戦略の組][入門書などでは、簡略化のため選好ではなくいきなり利得・効用が与えられていることが多い]

$A_i$は有限ないし可算無限だとする。$\succsim_i$は反射的、推移的、完備であるとする。$a_i, a^*_i$は$A_i$に属する行為の変項だとする。同様に、$a, a^*$は$A$に属する結果の変項だとする。

定義6 結果$a^* \in A$が戦略形ゲーム$G = \braket{N,(A_i),(\succsim_i)}$のナッシュ均衡であるのは、次が成り立つときかつそのときに限る。任意のプレイヤー$i\in N$に対して、任意の$a_i\in A_i$に対して$(a^*_{-i}, a^*_i) \succsim (a^*_{-i}, a_i)$。

3.1 From Strategic Games to Consequentialist Models

任意の戦略形ゲームを帰結主義的モデルに変換するための関数を定義。

4. Nash Equilibria and Conditional Permissions

定理2 $G$は戦略形ゲーム、$v_f$は$\mathfrak{T}(G)$の適切付値関数であるとする。このとき次が成り立つ。

$a^*$は$G$のナッシュ均衡である $\iff \braket{\mathfrak{T}(G),v_f}\vDash\bigwedge_{i\in\mathcal{N}}\mathsf{P}^i_i(f(a^*_i) / f(a^*_{-i}))$

文献


  1. 行為論理の発展以前に義務論理とゲーム理論との関係性を考察したものとして、次の文献がある。●van Hees, M. (1996). A game-theoretic logic of norms and actions. Logique & Analyse, 155–156, 229–241. ●Åqvist, L. (1974). A new approach to the logical theory of actions and causality. In S. Stenlund (Ed.), Logical theory and semantic analysis (pp. 73–91). Dordrecht: D. Reidel Publishing Company. ●Apostel, L. (1960). Game theory and the interpretation of deontic logic. Logique & Analyse, 3, 70–90. ↩︎

2020年4月20日
2021年8月14日
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