哲学覚書

Navarro & Rodríguez (2014) の覚書

Prologue by Eugenio Bulygin

論理と法はともに長い歴史をもつが、長らくその影響関係は一方向的で、主に法学者が論理学を参照するという形だった。論理学者が法に関心をもちはじめたのは、ここ50年のことだ。

啓蒙主義時代、アリストテレスの法的三段論法が支配的となった。これは、二つの重要な発想に基づく。つまり、権力分立(法律を制定する機関と司法判断をする機関の分離)、および法の制定と適用との鋭い区別、の二つだ。しかしそうすると、司法判断がその役割を果たすためには、法はすべての法的問題への解決策をあらかじめ含んでいなければならず、すなわち法は完全かつ無矛盾でなければならない。もし法が不完全だったり矛盾していたりすれば、単に法を適用するだけで司法判断を行なう、ということができなくなってしまうからだ。だが、完全かつ無矛盾な法を得ることが重要となったが、法哲学者の取り組みは不十分だった。完全および無矛盾という概念の定義が曖昧だったのだ。挙句、ケルゼンに至っては、すべての法体系は必然的に完全であるとドグマ的に主張し、80歳を超えて初めて法における規範衝突の可能性を認めたほどだった。

フォン・ウリクトが「義務論理」という有名な論文を出し、法学と論理学とをつなぐ新しい学問が生まれた。

ここ60年で、規範概念(規範、義務、禁止、許可)を分析する多くの著作が出版された。フォン・ウリクト(『規範と行動の論理学』)、ラズ、アルチョウロン&ブルイギン1、リンダールなど。だがこの流行はヨーロッパ大陸とラテンアメリカに限られていた。北米の法学では、記号論理の影響は未だ不十分である。この意味で、本書はこれら二つの伝統をつなぐ役割を果たしうると思われる。

第一部は、様々な義務論理の体系の紹介を含む。フレーゲ・ギーチ問題とイェルゲンセンのジレンマという、義務論理学なる企てがそもそも可能かという問題や、主要な義務論理のパラドックス(ロスのパラドックス、導出義務のパラドックス、義務違反のパラドックスなど)を分析する。

第二章で、著者らはイェルゲンセンのジレンマに直面する。これはデイヴィッド・マキンソンが「義務論理学の根本問題」と呼んだものだ。イェルゲンセンのジレンマは長らく論理学者に無視されてきた。著者らは、懐疑的解決策(規範の論理などというものは存在しないという、ケルゼンの解決策)から、真理概念に代替する概念による解決策、例えば充足(ホフスタッター&マッキンゼー)、拘束力としての妥当性、メンバーシップとしての妥当性(ワインバーガー)までを分析し、最後に、アルチョウロンとマルティーノの提案を受け入れる。それは、真偽概念ではなく、帰結関係に基づいて論理体系を構築するというものだ。著者らは、イェルゲンセンのジレンマに対する解決策としては根本的には二つの可能性があるとする。一つは、規範は命題の類似物であるから真理値を当てはめうるとする立場、もう一つは、規範は真理値をもたないが、真理値をもたないものについても論理は成立するとする立場だ。この二つは、「規範は、意味論的か語用論的か、hyleticなものかexpressiveなものか」といった区別と対応する。著者らは、意味論的に規範を捉えるとすると規範と規範命題との区別ということができなくなると主張する。いずれにせよ、純粋な「規範の論理学」なるものが成立する可能性を与えてくれるのは、語用論的に規範を捉える立場以外にはない、と著者らは考える。

私にはとりわけ第三章が重要に思われる。三つの問題が取り上げられる。①規範と規範命題の区別(私の考えではきわめて重要な区別)、②条件的義務、③撤回可能性の問題。

規範と規範命題は、同じ語の並びで表現されうるが、論理的構造はきわめて異なる。それは否定の果たす役割を見れば分かる。許可には二つ以上の意味があることが分かる。

著者らによれば、規範は、指令あるいは許可の行為として理解される。しかし二つの内容的に矛盾する指令を発することは可能である。ではOpとO¬pが矛盾することはどう説明されるか。内容的に矛盾した二つの指令を発することは、規範を与える行為として合理的ではない、という意味で矛盾しているのだ、と著者は考える。規範の論理は、合理的法制定の論理と見做すことができる。

次に、条件的義務の分析が為される。条件的義務には二つの解釈がある。架橋解釈(bridge conception、p→Oq)と鎖国解釈(insular conception、O(p→q))とである。著者は、どちらの解釈にも存在理由があると考える。自然言語で表される条件的義務のなかには、架橋解釈が適当なのもあれば、鎖国解釈のほうが適当なのもある。私が思うに、これは非常に価値ある洞察だ。

最後に、撤回可能性の問題が分析される。著者らは、撤回可能性には否定的である。

文献

  • Navarro, Pablo E., and Jorge L. Rodríguez. Deontic logic and legal systems. Cambridge University Press, 2014.

  1. ブルイギンはハルキウ(ウクライナの都市)生まれらしいが、当時はロシア領だったっぽい。後に家族とともにアルゼンチンに移住し、ブエノスアイレス大学で法哲学を学んだらしい。「Bulygin」は多分ロシア語読みで「ブルイギン」でいいのだと思う(ひょっとするとウクライナ語読みすべきなのかもしれないが)。スペイン語読みするとすれば「ブリヒン」となろうか。 ↩︎

2020年5月7日
2021年8月14日
#logic #law